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  競馬場ストーリー
ばんえい関連6団体が振興連絡協議会を設立へ
2010年11月30日(火)
- 2010年11月30日掲載十勝毎日新聞紙面より -

 ばんえい競馬の支援団体や騎手、調教師など6団体が、ばんえい競馬振興連絡協議会を設立する。ばんえいにかかわる組織が横のつながりを強め、世界で一つの競馬や十勝の馬文化の継続に向けた活動を行う。12月1日に帯広商工会議所で設立総会を開く。

 構成団体は、経済界を中心としたばん馬と共に地域振興をはかる会(川田章博会長)のほか、十勝馬事振興会(佐々木啓文会長)、ばんえい競馬馬主協会(大野清二会長)、NPO法人とかち馬文化を支える会(柏村文郎理事長)、ばんえい十勝騎手会(藤本匠会長)、ばんえい十勝調教師会(岡田定一会長)。

 振興をはかる会が呼びかけた。各団体は生業や地域振興、観光資源、馬文化の継承など、ばんえい競馬が地域に必要で開催継続を望む方向は一緒だったが、連携した動きはなかった。設立後は同競馬の普及、啓蒙(けいもう)や国への要望などの活動が想定される。

 主催者や運営者とは対等な立場を持つため、帯広市やオッズパーク・ばんえい・マネジメント、競馬場の敷地を所有する十勝農業協同組合連合会などは、賛助団体として参加を呼びかけた。川田会長は「振興策を行う中でも各団体の都合や方向がばらばらだった。言うことは一つで、団体の必要性はあった」と話している。(安田義教)

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