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ライデンロック圧勝 ばんえいダービー 2着はカイセテンザン
2008年12月29日(月)

同年代のライバルを圧倒したライデンロック

 ばんえい十勝は28日、3歳馬最強を決める重賞レース「第37回ばんえいダービー」(BG1)を行い、2番人気のライデンロック(牡3歳、千葉均調教師、尾ケ瀬馨騎手)が圧倒的な力の差を見せつけて優勝。ばんえい大賞典(8月)と合わせて3歳路線2冠を達成した。タイムは2分1秒3(馬場水分4.7%)。6連勝の期待がかかっていたカイセテンザン(牡3歳、坂本東一調教師、阿部武臣騎手)が2着、3歳牝馬3冠のニシキエース(牝3歳、金田勇調教師、松田道明騎手)が3着に入った。


3歳馬最強の座に就いたライデンロック。右から5人目が千葉調教師、7人目が田中さん。馬の左が尾ケ瀬騎手

 イレネー記念(3月)を制して当時の2歳馬最強となったオレワスゴイ(牡3歳、皆川公二調教師、藤本匠騎手)、ニシキエース、ライデンロックの3頭が人気を3分したが、終わってみればライデンロックの力が頭1つ抜け出ていた。レースはライデンロックが終始リードするかたちで展開。第2障害はオレワスゴイに1歩先に仕掛けられたが、他馬に先行を許したのはその一瞬だけだった。「800−850キロを長めに引かせて調教した」(千葉調教師)ことで磨き上げられた抜群の登坂力とスタミナで、本番では初めてとなる730キロの負担重量をものともせず、第2障害を文字通り駆け上ってオレワスゴイをパスすると、スピードは緩むことなくゴールまで駆け抜けた。

 尾ケ瀬騎手は「先行逃げ切り型で、走りたい気持ちにあふれている馬なので、うまく折り合いを付けて障害をスムーズに越えることを考えた」とレースを振り返り、千葉調教師は「まだまだこれからの馬」と来年以降のさらなる飛躍に自信をのぞかせていた。

 生産者で馬主の田中猪之助さん=後志管内共和町=は、初のダービー馬に「子供のときから素直な馬で、そのまま育ってくれている」と目を細めていた。
(丹羽恭太)

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